白門祭の「AVの教科書化に物申す!」に行ってきた。

11月、といえば大学生にとっては学園祭シーズンである。

今月は毎週末どこかしらで学園祭が開催されているのだと思う。まして有名大学が集まっている東京では電車内の広告で「レジャーの一つ」として大学の学園祭が取り上げられたりしている。

 

そして、今日中央大学の学園祭の白門祭に行ってきた。

前々からチケットを購入していた「AVの教科書化に物申す!」というイベントに参加するためである。

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まず、ゲストがめちゃくちゃ豪華。

このブログで以前紗倉まなちゃんの話をしたが、そのまなちゃんを始め、AV男優として有名なしみけんさん、女性向けAVに出演する一徹さん、某アパレルメーカーを辞め、今はAVメーカー「最強属性」代表のコンピューター園田さん、そして産婦人科医で全国で性教育に取り組む遠見先生とそうそうたる顔ぶれである。

その5人のトークショーが3時間学生料金1000円で本当にいいのだろうか、という気持ちにすらなった。

 

第1部はAVと現実のセックスの違いについてAVに関わる4人を中心にトーク、第2部は遠見先生からセックスやSTI、避妊法など性にまつわる話をクイズ形式で解説、第3部はお悩み相談ということで、セックスに関する悩みについてのトークという構成だった。

 

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本当はしみけんさんからいくつも出た名言(「食事は前戯」「ゴムをつけない男は挨拶ができない男と同義」とか)だったり、まなちゃんのかわいさだったり、一徹さんのめちゃくちゃに紳士的な対応だったり、園田さんからのAVが世にでるまでの話だったり、遠見先生の解説で初めて知った知識だったりをひとつひとつ取り上げていきたいが、議事録を取っていたわけでもなく、とにかく濃密な時間だったので、そういったレポはTwitterで#AVの教科書化に物申すで検索してもらうのがいちばんだと思いちょっと書くのはやめておく。

 

まあ、ブログといっても私個人の考えを言語化してまとめる場という機能のほうが大きいので、ここからは今日考えたことをつらつらと書き散らしていこうと思う。

 

今日の率直な感想としては、とてもとても楽しかった。

もちろん、性教育という啓蒙的な側面でのおもしろさもあったが、それ以上にゲストの方々のトークがエンターテイメントとしてもおもしろかった。

AVという特殊で人々の好奇心をかきたてる業界の裏話や自分たちのプライベートな経験も踏まえて、「性」というなかなかオープンには話せないけれど、ある程度私たち聞き手の中で身近な話題についてのトーク。それならばおもしろくなるのはまあ当然なのである。

 

それに、ある意味AVや性に関わることが「普通」であるゲストの方々だからこそ、こちらも変な居心地の悪さや恥ずかしさを感じずに気楽に話が聞けたのだと思う。

 

私もTwitterで「このイベント行ってきました!」とツイートするのは、実はちょっと恥ずかしさというか、気まずさのようなものを感じていたが、やっぱり「性=恥ずかしいもの」という乱暴なくくり方や意識が日本での性教育の遅れやセックスの問題を見えづらくしているのではないかと思う。

だからこそ、自然に、普通に、性やセックスのことについて話せる場に今日参加できたのはとてもよかったなあと思った。やっぱり話す相手や場を選ぶとはいえ、仲のいい女友達ぐらいとはもっとカジュアルに性について話せたらいいなと思う。

 

 

それから、性やセックスに関する知識や意識は、やっぱりAV男優・女優さんのほうが私たちよりもはるかに高く、本当にプロフェッショナルなのだなと感じた。

第2部では遠見先生の解説をほかのゲスト4人が生徒役となって聞く、という構成だったのだが、途中にあったクイズも全員が正解していた。

 

まあ、これくらいは少し性に関する知識をしっかり身につけようと思えば今の時代はすぐに手に入る情報かもしれない。

ただ、毎月性病7項目の検査が義務付けられていたり、しみけんさんの「セックスで潮吹きをさせようとしてくるやつは自分のことしか考えてないからダメだ」という言葉であったり、AV業界内での倫理規定やルールの順守の徹底であったりと、「フィクションとしてのセックス」を描いている、という強い自覚のもとに、できるだけ安全性や倫理観を保証していこう、という強いプロ意識が感じられた。

 

ある意味、AVのセックスは完全な「他人」との「手順・ストーリーを決められた」セックスであるからこそ、一見危険なセックスのテンプレートに見える(まあAVのプレイ内容を実際にしようとしたら危険なものである)が、見えない部分・映像化されていない部分で(演じる双方の)性的な合意やお互いの安全性(性感染症のリスクなど)といった客観的な部分があらかじめ担保されているのかもしれない。

 

恋人関係といった、私的で主観的な関係性におけるセックスだからこそ、「ゴムをつけてって言って嫌われたらどうしよう」「好きだから何してもいいよね」といった誤った判断がまかり通ってしまうのではないかな、と思った。

 

 

そして最後の第3部では「ホテルに誘うにはどうしたらいいか、性的な合意はどうやってとればいいのか、ピロートークはどんなことを話せばいいのか」という悩みが取り上げられた。

 

最終的にはホテルに誘うにも、性的な合意をとるにも、「これをすれば絶対に大丈夫」ということはない、という結論に至った。

今回のイベントの中でも何度も出てきた言葉であるが、セックスはコミュニケーションだと私も思う。だからこそ、絶対的な正解はないのだと思う。

 

幅広く人間関係においても、「この話をすれば絶対に仲よくなれる」「これをしたら友達といえる」といった基準は存在していない。

寡黙な人にとっては何もしゃべらなくても友達といえる関係もあるだろうし、逆にいつまでも話が尽きない、という友達関係もあると思う。

 

だから、恋人(もしくはそれ以外にも)とのセックスも「これをしたらOK」という絶対的な基準が存在するわけではなく、自分と相手の関係性・様子・言動を総合的に鑑みて、最終的には自分で判断するしかないのだと思う。

大切なのは、判断の基準を「家に遊びに来たからOK」「2人で飲みに行ったからOK」といった外部に依存するのではなく、「相手」そのものに目を向け、自分と相手のコミュニケーションの一つの手段としてセックスを選択するかどうかではないだろうか。

 

ただ、そういったセックスに踏み切るかどうか、の判断の責任はなかなかに大きい。もし見誤ってしまえば今後の関係性に大きな影響を及ぼすし、最悪交友関係が絶たれてしまうかもしれない。

だから、その判断を男性にすべて丸投げしてしまうのではなくて、女性側もきちんと同意をしたことに自覚的になるべきだと思う。

「なんとなく雰囲気でしちゃった」「むこうから迫られたからつい」ではなくて、少なくとも誘ってきたのはむこうであっても、自分は明確にそれに対して合意した/合意していなかったのか自覚したうえでセックスに臨むべきではないかなと思った。

 

気がつけばたくさん書いてしまった。今日は院試の勉強全然進まなかったので明日からはがんばりたい。

 

ちなみに、まなちゃんめちゃんこかわいかった。

これはまなちゃんのTwitterからの転載なんですが本当にかわいかったです。

 

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